「最後の散歩」

静かな田舎町の介護施設「ひまわり荘」に、88歳の澄子さんがいた。澄子さんは若い頃、村で一番の踊り子だった。祭りの夜、赤い着物を翻し、太鼓の音に合わせて舞う姿は、村中の憧れだった。しかし、10年前に脳卒中で倒れて以来、車椅子での生活を余儀なくされていた。

澄子さんの車椅子は、施設で使われる標準的なものだったが、彼女にとっては特別だった。背もたれには、孫の美咲が描いたひまわりのシールが貼られ、車輪のきしむ音は彼女の毎日のリズムだった。「この子は私の足よ」と、澄子さんは笑いながら車椅子を叩いた。

ある秋の朝、若い介護士の悠斗が澄子さんの部屋を訪れた。悠斗は新米で、ぎこちない手つきで車椅子を押しながら、澄子さんに話しかけた。「澄子さん、今日みたいな晴れた日は、昔みたいに踊りたくなりませんか?」

澄子さんは目を細め、遠くを見るような表情で言った。「踊るのはもう無理でもね、風を感じたいよ。祭りの広場まで連れてってくれるかい?」

悠斗は驚いた。祭り広場は施設から1キロ以上離れている。だが、澄子さんの瞳に宿る強い光を見て、彼は頷いた。「いいですよ、行きましょう!」

車椅子を押しながら、二人で坂を下り、田んぼのあぜ道を進んだ。澄子さんは道すがら、若い頃の話をぽつぽつと語った。恋をしたこと、村の祭りで拍手喝采を浴びたこと、そして夫と初めて手をつないだ広場の記憶。車椅子のきしむ音が、まるで彼女の話に合わせて歌っているようだった。

広場に着くと、秋風が吹き、澄子さんの白い髪を揺らした。彼女は目を閉じ、深く息を吸った。「ああ、この匂い。祭りの夜と同じだよ」と呟いた。悠斗はそっと車椅子のブレーキをかけ、彼女の隣に座った。遠くで子供たちが笑い合う声が聞こえ、まるで過去と現在が交錯するような瞬間だった。

その夜、澄子さんは静かに眠るように息を引き取った。翌朝、彼女の部屋で、ひまわりのシールが貼られた車椅子だけがぽつんと残されていた。悠斗はその車椅子を撫でながら思った。「澄子さん、最後の散歩、楽しかったですよね?」

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